AKB48現代アイドル読解学

AKBアイドル勢の輝きと彼女たちを取り巻くヲタらの生態を研究・観察していきま~す。

NGT48はにいがったフレンド!を恥じてはならない、卑屈になってはいけない、不憫に思ってはいけない、変に恥じてはならない、ホントに引け目に感じてはいけない

 

通称:「ハヒフヘホの法則」だ。 

 

にいがったフレンド!を観賞したあとに関連動画が出て来て、その中に「STU48のセトビンゴ!」があった。

そーいえばそんなのも始まったらしいね~って思って軽い気持ちでクリック。

 

 

ふむふむなるほど…

 

瀬戸の分際が関東?圏内でオンエアされていて、AKB、乃木欅に続く「ビンゴシリーズの第4弾!」とのこと。

スタジオ芸で今人気?の超合金ナンタラがMCを務めて、非常に明るい雰囲気を醸し出して楽し気に映っていた。

 

 

 

それに比べてにいがったときたら…

 

と、恥じてはいけない。

 

にいがったフレンド!は味わい深い番組で、通が堪能するべき崇高な番組である。

(年寄り云々関係なく)みる目のある連中がその味わい深さを堪能し「言葉のシャワーを全心に浴びる」傑作神番組である。

 

どんなに綺麗で快適なスタジオで収録したとて、この味わい深さと多彩な変化に富んだ景色や風景、街並みや人々の徒然なる動き、そしてなにより人と人との心の通いを抉り出すことはできない。

それができる「にいがったフレンド!」にはその強みが魅力なのだから、スタジオ芸の他番組と見比べる必要も比較して恥じ入ることもない。

 

それに、アイドルはやはり、動かなければならない。

スタジオにボケェ~っと座ってただくっちゃべったって、アイドルの面白みは爆発しない。

にいがったフレンド!では、フリートークに加えて常に変幻自在な動きを繰り出して表現することが可能だ。

 

この魅力はぶらり散策型トーク番組ならではともいえる究極の魅力となろう。

 

 

 

ド田舎のシャッターにまみれた汚ったない街中をフラフラ歩いて爺さん婆さんとしゃべくって…

 

と、卑屈になってはいけない。

 

スタジオ芸の他番組では、良くも悪くも多人数出演となる。

つまりこれは、出番を奪われたり出番がなく無風で終わったり何も発言できなかったり、まるで一切映りもしなかったりと、そういう危機的状況が常にアイドル達に付きまとう。

 

しかし、だ…

「にいがったフレンド!」では、3人のアイドルがピックアップされて少数精鋭で収録するので、上で述べたような危機的状況は、皆無だ!

 

必ず出番があるし、必ず発言する機会があるし、必ずしっかりと画面に映れる。

 

スタジオ芸では良く映る連中は印象に残りやすかったり覚えてもらえる機会もあろうが、映らない連中は手も足も出ない。

しかし「にいがったフレンド!」であれば、そのたった1回のオンエアをじっくりと観るだけでアイドル1人1人の特徴や性格、個性や魅力や関係性を一気に網羅することが可能だ!

 

それにスタジオ芸では「スタジオの空気特有の多大なるプレッシャー」が現場を覆いつくしていてアイドル達にとっては緊張を強い窮屈になって委縮してしまい自分を表現することが難しい現実が立ちはだかっている。

 

それと、所謂「スタジオ芸の掟・パターン」があるので、それをやるだけしか魅せ場が作れない、魅せ場がない、なんてことも多々あるだろう。

自分の意に反した「台本芸」を強いられることも多々あるだろう。

 

しかし「にいがったフレンド!」であれば、多才なロッチのコンビが「いいフリ」を繰り出してアイドル達の魅せ場をふんだんに演出してくれるし、気さくで優しいロッチが相手なのでアイドル達もグイグイ攻め込んでいける。

それに、田舎の街中なので外の空気を吸えて健康的だし、変なプレッシャーや威圧してくるものは基本、無い。

 

面白い場面を見つけてはピックアップし、いじっていじられ楽しむ。

常に台本は無く、その場その瞬間の閃きによる即興劇。面白くなることもあれば、大爆発して爆笑が生まれることもあるし、思ったように笑いにならなくてもそれすら良しとなる世界観。

 

自分のやりたいようにある程度自由に多彩に自分というものを出して魅せていける。

 

 

 

 

はぁ…セトは関東で、うちらは新潟富山のド田舎県でしかオンエアされてないなんて…

 

と、不憫に思ってはいけない。

 

悪い意味はまるでなく、良い意味で「田舎の人々」の魅力が、番組を盛り立てる原動力になっている。

にいがったフレンド!の面白さ、面白味というものは、そういった田舎の人々なしには出てこない。

単に都会の街をぶらりしたって面白くもなんともない。

それは大惨敗の富山突撃編を観るだけでもよくわかる。

 

別にアイドル達が食ったり飲んだりはしゃいでるところを観たいわけではないのだ。

都会の服屋でオシャレな買い物したって面白くもなんともない。

そんなことをしては気色の悪い駄作に成り下がるだけだ。

 

 

心優しい温かな人々との交流を通してのフリートーク

そんな温もりのある優しさに包まれた中で繰り広げるフリートーク

 

田舎者、と見下しているわけでは決してない。

そうじゃなくって、日本人の素晴らしさ、日本人の素敵な部分、日本ってやっぱエエなぁ~、っていうのを感じられるからこそ、にいがったフレンド!が田舎でなければならないのだ。

 

 

 

 

東京でも都会でも何でも、良い人はいるけどね!

 

って、書いてる自分も、それを読んでるあなたも

(まぁそんなヤツは超少ないけどな(・д・))

 

って、思ってしまう。

 

ただひたすらに良い意味で「田舎の人々の温もり」がそこかしこに満ち溢れているからこそ、こういった「心温まるナイスなシーン」が量産されるのだ。

 

 

 

どうにも、番組をやっているアイドルたち自身が、田舎のぶらりロケを恥じて卑屈に感じて他者と比べて不憫に思っているような節がある。

それはもう、劇場公演がスタートして1か月足らずで中だるみしてしまうような連中たちだから…

 

こんな番組で気張ったってしょ~がないしー

こんな番組で頑張ったって人気出るわけでもないし―

田舎でロケとか恥ずかしいし―超ダサ~い

 

 

10代の女子だから?

ダサいサブい臭いにオシャレにインスタ蠅に敏感なのも無理はないが…

 

田舎はダサいとかそーゆー次元で考えてはいけない。

もっともっと、「自分たちはこんなに素晴らしい素敵な番組に出ているんだ!」という意識と田舎の誇りをもって臨まなければならない。

 

「まぁ、こんなものか」
と見切りをつけてヘラヘラ適当にこなすようになっては、番組の終わりがそろそろ見え始めてくる。

 

田舎のしょ~もない商店街の汚ったない服屋でのファッションショーだって、恥さらしを照れて単にこなすのではなくて、全力で挑んで魅せ付けていかなければならない。

 

 

ぶらりロケなんだから気楽に、でも自分の番が来たら全力で、輝けるようにスタジオにいる皆さんに魅せ付けてやれ!

 

                        

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