AKB48×ハロプロ 現代アイドル読解学

今をときめくアイドル達の輝きとそれらを取り巻くヲタらの生態を研究・観察していきま~す。

【カントリー・ガールズDVDマガジン11】山木梨沙のキセキの一枚が秘めるメッセージを読み取れ!

 

そっくりやな~…

自分が山木梨沙久しぶりに見るからなのか…

カントリーDVDすら6とか7以来じゃないかなぁ…(ももち先輩春の大感謝祭)

 

もう11なんだ? 

はゃえ~。。。 

 

 

山木姉さんはだから指揮官ももちと体型がそっくり(笑)

悪口じゃなくって、

って書いたとて悪口にしかならないんだけど~…あのー

なんて言うんだろうね?

あの独特の、脚の長さ…

 

そう、胴長短足だ!!

 

その「ももち型」と呼んでいいだろうそれは瓜二つ。

運動の出来なさ加減と言い、なんでハロプロはダンス厳しくてガッツリ練習しているはずなのに、そんな体型やねん…と。

 

山木梨沙に限らずハロプロ勢はホント低身長のロバ脚っと失礼。。

 

 

だから何が言いたいかって「悪口じゃなくって!」山木梨沙ハロプロリーダー和田彩花のように手脚の長いスラっとした体型の美人・美女であったら小関舞と並んでどれほど映えただろうか?

 

「華のカントリー・ガールズ

なんて呼ばれてスタイリッシュで華やいで2人カントリーでも十分に魅せ付けてやれる破壊力、魅力を出せたのではなかろうか…

 

 

と以前からよく思っていた…

マスコット体型の遊びはそれはそれで面白かったし、指揮官ももちがいることでアリにはなっていたけれど

今となってはマスコット体型でいいはずがないという現実が壁となって立ちふさがってしまった。

 

 

ハロプロ勢のヲタやらオタクやらファンたちは、AKB勢のそことは大きくいろいろ違っていて、美人過ぎるメンバーを嫌う傾向にない。

AKB勢の某はある種、心や精神面はまだまだ未熟な青少年みたいな男子が多くいるから美人や美女や極端に可愛いメンバーの美的魅力がナイフのように鋭い凶器となってヲタらをズタズタに傷つける魔性の力となってしまうので、「聖域」とか呼んで敬遠される傾向がある一方で、ハロプロのヲタらというものはもういい年のかなりのオッサン爺様連中が多数ということもあり、美人過ぎるに越したことはない、可愛いに越したことはない、という心や精神面、金銭面、思考の面で余裕のある連中なのだ。

 

「まる」を使わずにこれだけ長い文はさすがにウザさ爆発している…

英語に訳すとどうなるのだ…

 

 

そんなことはど~でもいい

 

つまりハロヲタって~のは美人だろうと美女だろうとグイグイいける図々しい爺さん、といった印象だ。

美人であればあるほど単純に人気が出る。

可愛ければ可愛いほど人気が出る。

運営(事務所)もそれを察してしっかりとセンターに据えて美味しくしてくれる。

 

 

だからこそそこを思うとき、山木梨沙が…もう少し綺麗なお姉さんだったらな~と思わずにはいられない。

 

 

 

余計なお世話?

 

 

それはごもっとも…

 

 

でも大切なことは…

 

 

果たして彼女(山木梨沙)はどこへ向かっているのだろう?

というアイドルとしての終着点がある意味で蚊帳の外からも十分に見えてしまっている窮屈さが感じられる。

そこはまるで「ドラゴンボールZの精神と時の部屋」のように、ただ真っ白で何もない虚無な空間でしかも狭い、そこで行き止まっている。

ように見える。

 

つまり、小関舞は高校を卒業した後、まだまだピチピチ?のフレッシュさ?で、まだまだ若いから何でもやれる。できる。やってのけられる。

兼任するのであれ移籍するのであれソロであれカントリー専念であれ引退であれ、、強い心と広い視野と、神童ならではのユーモアとももちイズムをふんだんに秘めて、他グループへ行っても(後輩化しても中堅でも先輩面しても)結構余裕で上手く楽しく活動していけるだろう。

 

山木梨沙は…

 

(卒業するまでずっとこの活動形態のままだと仮定して)彼女が大学を卒業したときの年齢で、兼任するなり移籍するりで、果たして何が出来んねん?という未来課題を、ヲタらは気付けていない。

 

カントリーガールズ残って良かったね!

山木ちゃん仕事貰えてよかったね!

アイドルとして活動できてて良かったね!

やめないでね!

心折れないでね!

続けてればいいことあるさ!!

 

って、今はまだそこなので、もっと先へと目を向けた時、山木梨沙の大学卒業後のアイドル活動は何ができるのだろう?

何をすれば自然体に映り、観る者は自然体で楽しめるだろう?

 

やったとして、いい年のおばちゃんが混じる違和感…

 

やったとて、いい年のおばちゃんが続けていける限度もある…

 

今はまだ「ももち先輩が育ててくれたカントリーガールズ頑張ろう!」って気力十分かもしれないがコレがずっと続けば果たして彼女は「ただの物書きの人」で終わりかねない…

 

今懸命にブログやったりインスタやったり、それらがすべて「アイドルやったという証作り」に思えてしまって切なくなる。

「アイドルとして魅せていこう!」

「観る人たちにパワーや勇気を与えよう!」

なんて欠片も無い、切ない遊び。

 

一応「カントリー・ガールズ山木梨沙!」という称号が付いているから様にはなるが、それがなければただのどこにでも転がっている女子大生の日常ブログやインスタでしかない…

 

光井愛佳も無念の離脱でアイドル活動を志し半ばで終えて、その後の(芸能界)活動をいろいろともがいて自分探しに駆け回っていた。

彼女の純粋なファンからしたら、やっぱり見ていて辛いオチだったことだろう。

 

カントリーガールズの稲葉愛香は特殊なケースで今また復活し始めているが、それは彼女の「極端に映える美的面」と、一応ハロプロ内ではトップクラスの「ダンスパフォーマンス」と、「ももち先輩を凌駕していたユーモア、しゃべり」と3者を持ち合わせていたから可能だったことだ。

 

 

そしてまた元に戻る…

 

山木梨沙が手脚の長い綺麗なお姉さんであれば…

 

 

なんで綺麗なお姉さんなん?

 

って、思うじゃん?

 

 

「お前が山木ヲタなだけだろ」

 

って?

 

 

山木梨沙の能力ってホントに中途半端で未開花のままを維持して、「宝の持ち腐れ」みたいなところが端々に見て取れる。

ももち先輩と居ながらにして開花できなかったということは経験不足、というよりはもはや、これはずっと感じていたことで、彼女の美的面からくる引き癖、前に出れないで躓いたり黙り込んだり。

 

もちろん十分に可愛いし綺麗だしセクシーなんだけれども、もっともっと対峙する者を圧倒する美貌があれば、それが彼女の自信となってグイグイいける、やれる、彼女の持つ才能、ユーモア、しゃべりをより加速させて魅せ付けてやれるようになる。

歌やダンスでももちろん映えるしそれが自信に繋がって(もともと努力家だから)もっともっと魅力的になれただろう。

 

 

体型を責めても仕方がない?

 

それはごもっとも…

 

 

 

山木梨沙に真に足りなかったもの、真に必要だったことは「憑依芸」だ。

 

才能の欠片もない単なる雑魚が、テッペンに登ろうとしたとき、あるいはテッペン付近へたどり着くためには、「良きお手本を見つけてそれを憑依し真似し続けること」が必要となる。

 

 

それを照れずにやるためには…

 

そしてやったそれを表舞台でいかんなく発揮するためには…

 

 

美貌という名の女としての自信を兼ね備えていたほうが、無駄にプライドの高い彼女にとっては、良かったよね

 

って…そんな話。