【元AKB48】北原里英の告げられぬ胸の内…NGT48次期キャプテンを継げるのは…
ネ申の感想を書く気で撮った画像が、こんな展開になるとは…
豆腐プロレスの感想がてらに各種サイトを久しぶりに見て回っていると…
北原里英が「まじめは報われない。」と発言したとかしないとかでわちゃわちゃ賑わっているところを見つけた。
いかにもきたりえらし発想と感覚だ…高みなの説教部屋で、高みなと感じ合って、言葉交わさずとも理解し合い、うなずき合い、思わず涙ぐんだあの場面が思い出される。
豊かな感性を以って真面目にアイドル業に臨んできた北原絵里の魅力がふんだんに溢れていた。
そんな真面目な北原里英が「まじめさ」について語ったということだ。
ところが…
ほぉ…
そろそろ10年経とうかという活動を魅せていながらにして、このザマか…
まあこれが、AKBらしいっちゃあ、AKBらしくてよいだろう…
(ハロプロで言うと)長年活躍してくれたアイドルが、あと何か月で卒業だっ!って、ファンたちの胸詰まる思いと共にカウントダウンを刻み、推しの枠を飛び越して多くのファン・ヲタらで盛り上げる。
すでに芸能界を引退した嗣永桃子こと指揮官ももちは、多くの賢明なるヲタたちに後押しされて卒業までのカウントダウンを全身全霊込めて活動しきることができたし、道重さゆみだってそう、「花道を飾る」「引退の花道を飾った」などという言葉がよく似合う、「推しという枠を飛び越して」彼女たちが成してくれた功績と労力に感じ入り思いを馳せて讃え、華々しいラストを飾れるように、ファンやヲタたちが盛大に盛り上げてくれていた…
指揮官ももちの卒業までのカウントダウンの刻みは、傍観人の自分ですら心打つ「ある種の進行型リアルドキュメンタリー」を観ているようでいくつもの感動を与えてもらったし、道重さゆみが伝説となる手前の場面ですら、ファンやヲタらにぬかりは無かった。
北原って指原とか柏木に嫉妬しまくってるよな…
だって。
北原里英…10年間と活動してきてさあいよいよあと1か月足らずで卒業だ、という場面ですら、AKBのヲタらはこのザマだ…
握手で生かされた駄馬らの程度の低さたるや…ただただ哀れなり…
ところで彼女の言う「まじめがゆえに損してしまう」という言葉は、どこを見て述べたのだろう?
何を見て、そう言ったのだろう?
何か彼女の頭、心の中で具体的な映像があって、そこから繰り出されている言葉なのは分かるが、それは何なのだろう?
リリーの相談室に限らず、この手の「真面目が報われないトーク」を北原がする時、それはいつだって、「真面目な人(メンバー)」に向いている。
わたくし北原里英が、報われていなくて…、では、ない。
まじめな彼女が、損して嫌だな~ではないんだよね。
まじめな自分が得しないで傷ついて、報われてなくて芸能界って嫌だな~AKBグループって非情だよな~
ではないんだよ…
例えば北原里英の先輩にA子さんがいて、A子さんはすごくまじめで、劇場公演をまじめに頑張っていて、歌とダンスを努力していて、カメラのまわっていない裏でも、ちゃんとしていてまじめで、トイレや楽屋の掃除も積極的にこなす「いい子なA子さん」は、総選挙は万年圏外で、選抜回数も0で、ネットじゃ「ブスだ、アイドルらしくないだやめてしまえ」と悪口ばかり…
その一方では後輩のB子さんがいて、なかなかやんちゃではっちゃけた性格の子。一応見栄えの部分で礼儀はできているもののそこまで深い礼儀作法はできていないから先輩に無礼な口もきく。劇場公演に対する情熱もなくヘラヘラタラタラしている。いつも遅刻寸前にやってきてメンバーに迷惑をかけ、散らかすだけ散らかして、汚すだけ汚して帰るだけ。
そんなB子さんは、総選挙ではなかなかいい順位で、選抜にも入ったりしているし、テレビなんかの露出も多い。
北原里英が、そんな2人(後輩・同期・先輩)をみた時に
「まじめって損だなぁ…」
と感じる、まさにそれ。北原里英の心の中の映像。
北原里英が、高橋みなみと見つめ合って思わず涙ぐんだあの説教部屋の場面。
北原も、高橋みなみも、同じ映像を観ている。同じ映像を共有している。
肩寄せ合っておんなじ部屋で、おんなじテレビのおんなじ画面をみて、おんなじ場面で一緒に泣いて
ふたりはずっとそうやって一緒に走ってきた心の友だ。
「まじめな自分が報われなくて、嫌だな~、まじめって損だなー」
ではないのだ。
常に他者に向けて、真面目な性格の他者に向けて、「真面目であることが報われないことに対する不平・不満と理不尽さ」を彼女たちは感じているのだ。
北原自身(高橋みなみも)自分自身は報われないでいいと思っている。
それはなぜかって、自分自身をちゃんとよく分かっているから。自分みたいな何のとりえもない人間なんてと、ちゃんと自分自身をわかっているから。
自分みたいな何の才能もない単なる凡人如きは、真面目とか関係なしにそもそも(芸能界で)報われなくて当然だよね!って。まして黄金期の神7の輝きを間近で見ている彼女たちなのだから。この輝きは自分にはないよねーって。自分があそこに行くことはないよねーって。
だからこそ、自分は真面目だけど報われないのは嫌だなー理不尽だなーこの世界…の発想には、絶対に至らない。
しかし…
客観的にその場面に出くわしたとき、A子とB子という2人の対照的なメンバーを目の当たりにしたとき
「あぁ…まじめでいるって、損してるんだなぁ…」
じゃあ具体的にB子さんは誰かって、北原・高橋が言えるはずもない。
「あいつとあいつとあいつとあいつ!」
と言ったとして、しかしあいつとあいつとあいつとあいつらだって、彼女たちなりに努力している部分だってあるだろうし、そもそもが北原高みながあいつとあいつとあいつとあいつの全てを監視して知り尽くしているわけではない。自分たちの知らないところで同じように傷ついたり努力したりしているはずだと、ちゃんとわかっているからこそ…
「難しいです…」
高みなの説教部屋でも、「難しいね…」「難しいよね…」「ホント難しいよ…」「ホント難しいよね…」の繰り返しだった…
みている人たち(世間)が、真面目を評価してくれれば済む話なのにね…
なんて、もちろん言わない。言えない。
うちら真面目な人間が正しくて、不真面目な奴らは悪者だよね!
なんて、もちろん思っていない。思うわけがない。
だからこそ、「難しい」の一言しか出てこない…
正解を探す旅ではない。
自分如きで勝手に考え判断し、勝手に態度で示し行動で表す、それでしかできない。
だからこそ、正解は見えてこない。
「あなたの今のそれ、正解!」
って言ってくれた先輩が、万年圏外だったらどうすれば良いのか…?
「キミ!今のそれ、すごく正しいよ!」
と、プロデューサーが言ってくれたとて、自分が万年圏外だったら…それを主張することが何になろう?伝わるのだろうか?
ついでに書くと
リリーの相談室の言葉で北原が心を込めて伝えているメッセージは
「まじめでいるがゆえに損してしまうというか」
の部分に含まれている。
例えば、道を歩いてみよう。
落ちてるゴミを容易に見付けることができるだろう?
さて…
どうする?
拾うの?
拾って!
なんで?
拾えよ!
自分が散らかしたゴミじゃないよ?
いいから拾えよ!
なんで自分が拾わなきゃならないの?
…
北原里英や、高橋みなみの「真面目でいることが報われないことの辛さ、真面目でいることが損している気持ち、思い」に寄り添えるのは、ゴミを拾える真面目な人間、ただそれだけだ。
ゴミを拾える人間(北原・高みな)は、ゴミを拾うことを苦に感じていない。
しかし、すでに述べたように、客観的に、散らかすB子と、拾うA子を見た時に、「あぁ…」と胸詰まる悲しい気持ちにさせられる。
しかも悲しいかな、散らかすB子が勝ち組であり、拾うA子は負け組という現実が立ちふさがった時、彼女たちは、心を痛めるしか術がない。
「世の中って、まじめだっていうことをあんまり評価してくれないからね。」
ゴミを拾うことで自分に何の得があるのだ?
誰もがそう思う。
「努力は必ず報われる」
には、A子のようなエエ子たちに、「ゴミを拾うことをやめるなよ」と伝えているのだ。
「ゴミを拾うことは恥辱じゃない」
「ゴミを拾うことは負けてることにはならない」
「まじめでいることをやめるなよ」
と。
恋をして、結婚して、子供ができたその過程のその先に、拾えるA子が必ず最終的な「人間」としての勝者となる。
それまで待てずに「私も散らかそう!」ってなるのか…
最後まで拾えるA子でいられるか…
少なくとも、AKBという世界が報いてA子を評価することは決してない
馬鹿どものコメントにちゃんとそう書かれている